FC2ブログ


落馬

落馬
落馬(らくば)とは、騎乗者が馬から落下することである。

一般的に騎乗者の足は鐙(あぶみ)に架かっているため落馬が発生すると上半身(特に頭)から落下することがよくあり、大きな怪我を負ったり、場合によっては死に至ることも少なからずある。


競馬における落馬
競馬において、落馬した場合には当該馬は競走中止の扱いとなり、その馬が関わる馬券の購入金額の返還もされない。ただし、落馬した地点で再騎乗するか、騎乗後に落馬した地点まで引き返せば競走中止とはならない(日本中央競馬会競馬施行規程 98条第2項)。再騎乗は障害競走では見られることがある。これは、障害競走における落馬は馬に故障がないことがあり、また完走すれば他馬の落馬等で賞金が得られる順位まで繰り上がる可能性も平地競走より高いためである。

また、他馬の進路を妨害して落馬せしめた場合、妨害した馬は失格となる。加害馬に騎乗していた騎手は騎乗停止などの制裁が課される。

騎手が落馬したまま走っている馬をカラ馬と呼ぶ。
落馬の理由としてよくあるもの [編集]

* 競走中に馬が他の馬に関係なくつまずく。
* 競走中に馬が故障や疾病を発症する。
* 競走中に馬が競走中の他馬に触れつまづく。
* 競走中に故障を発症して転倒した馬に接触する。(この場合大事故になりやすい)
* 障害競走で馬が障害飛越の際、着地に失敗して転倒、または騎手がバランスを崩して落馬する。
* 競走中に馬がラチ(柵)や他馬に体をぶつける。
* 競走中に馬が逸走する。
* 競走中に馬が走路の鳥に驚き、避けようとして急に斜行する。
* 馬がゲートを出た直後に立ち上がったり、前のめりになって騎手を振り落とす。

 などがある。
競走中の落馬によって命を落としたり、騎手生命を絶たれた日本の騎手 [編集]

本項では落馬により死亡、騎手生命を絶たれた人物について抜粋記述する。

* 加藤義雄(日本レース倶楽部・1933年落馬、死亡)
* 茂木勢一(日本競馬会・1938年落馬、死亡)
* 吉田昌祐(日本競馬会・1940年落馬、死亡)
* 武富三(日本競馬会・1944年落馬、死亡)
* 岩瀬三郎(日本競馬会・1948年落馬、死亡)
* 横山靖(国営競馬・1953年落馬、死亡)
* 田畑志郎(国営競馬・1953年落馬、死亡)
* 谷岡敏行(国営競馬・1953年落馬、死亡)朝日杯3歳ステークスでの事故であった
* 西橋康郎(中央競馬・1955年落馬、死亡)
* 大柳英雄(中央競馬・1955年落馬、死亡)死亡年度の全国リーディング7位。2年目での悲劇。
* 阿部正太郎(中央競馬・1956年落馬、引退)のち調教師として厩舎を開き、加賀武見を見出す。
* 矢倉義勇(中央競馬・1959年落馬、一時回復するも1962年死亡)
* 柴田富夫(中央競馬・1960年落馬、死亡)調教試験中の落馬で、この事故を契機に、調教中でも救急車が馬場内に待機する様になった。
* 茂木光男(中央競馬・1960年落馬、死亡)
* 目時重男(中央競馬・1960年落馬、1961年死亡)
* 近藤武夫(中央競馬・1960年落馬、1961年死亡)
* 菅村恭一(中央競馬・1961年落馬、死亡)
* 志村功(中央競馬・1964年落車、死亡)繋駕速歩競走での事故であった。
* 小野定夫(中央競馬・1969年落馬、死亡)
* 石井正善(中央競馬・1969年落馬、死亡)『馬事公苑花の15期生』。
* 丸目敏栄(中央競馬・1971年落馬、引退)引退後は調教師として競馬界に復帰したが、1980年8月4日に急死した。
* 秋元松雄(中央競馬・1976年落馬、1977年死亡)
* 坂本恒三(中央競馬・1977年落馬、死亡)
* 佐藤政男(中央競馬・1977年落馬、死亡)『馬事公苑花の15期生』。
* 角田次男(船橋・1977年落馬、引退)落馬事故の際に騎乗していたサギヌマグツドリーは、この年の関東オークス優勝馬。
* 松若勲(中央競馬・1977年落馬、死亡)…この競走では7頭が落馬。(中央競馬の1レース落馬頭数ワースト2位タイ)
* 町屋幸二(中央競馬・1978年落馬、死亡)
* 福永洋一(中央競馬・1979年落馬、引退)『馬事公苑花の15期生』。
* 坂本敏美(名古屋・1985年落馬、引退)後の東海地区のエース・安藤勝己が敵わなかった天才として知られる。
* 斎藤仁作(中央競馬・1987年落馬、死亡)
* 玉ノ井健志(中央競馬・1992年落馬、死亡)
* 岡潤一郎(中央競馬・1993年落馬、死亡)
* 柴田政人(中央競馬・1994年落馬、引退)『馬事公苑花の15期生』。
* 清水英次(中央競馬・1994年落馬、引退)この時の後遺症が長く尾を引き2005年7月5日に死去した。
* 北川和典(中央競馬・1995年落馬、1998年引退)
* 北村卓士(中央競馬・1998年落馬、2000年引退)
* 松井達也(浦和・2000年落馬、死亡)
* 竹本貴志(中央競馬・2004年落馬、死亡)騎手デビューしてわずか3週目での惨事だった。
* 常石勝義(中央競馬・2004年落馬、2007年引退)『競馬学校花の12期生』。デビュー年の1996年にも障害競走で落馬、脳挫傷で一時重態となっていたが復帰した。しかし、2度目の落馬事故で再び脳挫傷など受傷し、引退を余儀なくされた。
* 佐藤隆(船橋・2006年落馬、死亡)浦和競馬での事故であった。
* 石山繁(中央競馬・2007年落馬、2009年引退)
* 塚田祥雄(中央競馬・2007年落馬、2010年引退)

この他にも、調教中の落馬事故で死亡したり、騎手業からの引退を余儀なくされた例も存在する。


馬術競技における落馬
馬術競技(馬場馬術、障害飛越競技など)においては、落馬した場合は失権となり、それ以後の競技を続行することはできない。競技点も得ることはできない。

競馬とは異なり、馬術競技では全力で襲歩をさせるわけではないので、正常な運動の状態で競技選手が落馬するような例はほとんど見られない。馬術競技において発生する落馬は、たとえば馬が何かに驚いて急に跳ねた場合、何かにつまづいて転んだ場合、障害を前にして拒止した場合などが大半である。

競技ではない、乗馬クラブや学校馬術部などでのレッスンや部班運動などの練習においては、騎乗者の未熟により馬上でのバランスを取り損ねての落馬もある。

通常、落馬による負傷や死亡事故を避けるため、ヘルメットやプロテクターベストの着用を義務付けたり推奨している場合が多いが、馬場馬術の競技のように、正装での騎乗が求められる場合にはその限りではない。

乗馬・馬術においては、落馬時の対処について、以下のように指導されている。

* 馬の首にしがみついた場合、回転して馬の前に落ちてしまわないように注意する。前に落ちてしまうと、そのまま馬に踏まれてしまう危険性があるため。
* 落ちるときはできるだけ鐙を外す。鐙を支点として回転して頭から落ちると危険なため。
* 着地するまではできるだけ手綱から手を離さない。これにより足のほうから着地できる可能性が高まるため。
* 着地した後はすぐ手綱を放す。手綱を持ち続けていると、走り去ろうとする馬に引きずられてしまう危険性があるため。

落馬の一覧 [編集]
日本の競馬における主な落馬事故 [編集]

* 1956年日本ダービー - 重馬場の上に27頭立てということもあり、外枠の有力馬キタノオー・ヘキラクが早めに有利なポジションを確保しようと内に馬体を寄せた結果、1コーナーで馬群が内側に詰まり混乱が発生。その中で行き場を失った内枠のエンメイとトサタケヒロが落馬、故障を発症したエンメイは予後不良となり、エンメイの馬主で作家の吉川英治はそれにショックを受けて馬主業から撤退した。鞍上の阿部正太郎も騎手としては引退に追い込まれる瀕死の重傷を負った。この事故がきっかけとなり、日本中央競馬会は事故防止委員会を設立した。また、事故調査委員会も開かれ、6月の梅雨による馬場の悪化の影響を指摘。それ以降のダービーについて「5月の最終日曜日に実施する」という原則を発表した。加えて、それまで障害競走のみで使用されていたヘルメットを平地競走でも導入することとなった。
* 1967年阪神大賞典 - 1965年のダービー馬キーストンが最後の直線で故障、騎手が落馬。予後不良となる程の重傷を負いながらも、失神している山本正司騎手を気づかうような仕種を見せたキーストンの姿は、後々までの語り種になっている。
* 1973年高松宮杯 - 先頭を走っていたハマノパレードが最後の直線で転倒。致命的な負傷を負ったが、レース後即座に安楽死とならず食肉業者に売られたことが後日明らかとなる。この事件以降、予後不良となった馬は手続き終了後、即座に薬殺されるようになった。
* 1995年宝塚記念 - ライスシャワーが第3コーナーの坂の下り(この年は京都競馬場で開催)で故障を発生し転倒。騎手が落馬し馬は予後不良となる。のちに京都競馬場内をはじめ数か所に同馬の記念碑が建てられた。
* 2001年京都大賞典 - ステイゴールドが最後の直線で斜行し、ステイゴールドとテイエムオペラオーの間に挟まれたナリタトップロードが落馬。審議の結果ステイゴールドは1位入線も失格となり、2位入線のテイエムオペラオーが繰り上がり優勝した。
* 2007年1月27日の東京競馬場において、第2競走から3レース連続して計9頭の落馬事故が起こった。また第10競走でも1頭が故障して落馬。同じ日の小倉競馬場で2頭、翌1月28日の京都競馬場でも2頭が落馬しており、2日間で14頭落馬したことになる。このほか28日の小倉第4競走の新馬戦では1着馬が入線後に落馬している。
* 2010年1月11日の中山競馬場において、第4競走・3歳新馬でノボプロジェクトが第4コーナーで急に外側へ斜行したことの影響で出走16頭中9頭が落馬した[1]。1つのレースでの落馬頭数としては中央競馬史上最多。ノボプロジェクトは1位入線も失格となり、騎乗していた三浦皇成は進路妨害が認められ、4日間の騎乗停止となった。落馬した9頭に異状はなかったが、内田博幸が左尺骨近位骨幹部骨折の重傷を負うなど騎手6人が負傷や検査によりその後のレースの騎手変更を余儀なくされた(詳細については9頭落馬事故を参照)。なお、地方競馬では1979年2月に園田競馬場で出走11頭中8頭[2]が落馬する事故が発生している。
* 中央競馬のGI級競走における1番人気馬の落馬の例としては、1969年の日本ダービーでのタカツバキ(スタート直後に落馬)、2002年の菊花賞でのノーリーズン(スタート直後に躓き落馬)がある。
* 1985年の札幌日経賞で、スタート直後に落馬したギャロップダイナが鮮やかな好位差しで“1位入線”を果たし、この年の年末スポーツ特番の格好のネタとなった。同様に1993年の京阪杯でワイドバトル、2008年のエリザベス女王杯でポルトフィーノが、スタート直後に躓き落馬した後、1着馬より先に入線した。なお、ポルトフィーノに騎乗していた武豊は史上初のGI級のレースで同一騎手が2回もスタート直後に落馬した騎手となってしまった(2002年菊花賞、2008年エリザベス女王杯)。
* 1990年、前年の阪神3歳ステークス優勝馬のコガネタイフウは、1年で2度平地競走で落馬している。3月4日のペガサスステークス、10月20日のカシオペアステークス(オープン特別)である。いずれも騎手は田原成貴でペガサスステークスでは腰椎・骨盤を骨折する重傷を負ったが、馬はいずれのレースでも故障はなかった。なお同馬はのちに障害競走にも出走した。(3戦して落馬なし)また、1年に2度平地競走で落馬した馬には、ギガンティック(翌年も平地競走で1回落馬)、アルドラゴンがいる。
* 障害競走では複数頭の落馬がたびたび発生している。1985年の中山大障害(春)では、名物の大竹柵障害で出走馬10頭中6頭が一挙に落馬、完走したのは半数以下の4頭だった。1999年の京都ハイジャンプでは13頭中7頭が、2003年の阪神スプリングジャンプでは14頭中6頭が、2010年12月4日の阪神競馬第4競走障害未勝利戦においても14頭中7頭[3]が落馬している。2001年の中山グランドジャンプでは、向正面の2号坂路(バンケット)の下りで先に転倒した馬に後続の3頭が巻き込まれて落馬したが、このうちの1頭のランドが再騎乗して完走した。
* 1964年3月8日の中京競馬場でのサラ系障害戦では、出走頭数4頭のうち3頭が落馬し、1頭(アルプスオー)のみ完走を果たした。この為、単勝式馬券のみ的中となり、連勝式馬券は買い戻しとなった。
* 1965年1月4日の第1回中山競馬第2日目の第3競走サラ障害オープン戦(勝ち馬フジノオー)において、サチオンワードに騎乗していた坪井正美は、最終障害で落馬転倒して後続の馬に頭を蹴られ、前頭部頭蓋骨陥没骨折および側頭部開放性骨折の重傷を負った。特に側頭部の骨折箇所からは脳が見える程の大怪我であったが、すぐに病院へ搬送されて緊急手術を受けた結果、奇跡的に回復。年内には復帰して14勝を挙げ、1980年に引退するまで活躍した。


その他 [編集]

* 1198年 - 源頼朝が落馬。その後死亡。(異説あり)
* 1337年 - 新田義貞が福井県の藤島城攻めで落馬、敗死。
* 1430年 - ジャンヌ・ダルクがコンピエーニュ攻めで落馬、捕縛されて後処刑される。
* 1626年 - 徳川家光が高田馬場へ狩猟に向かう途中の早稲田にて落馬。現地には現在も「落馬地蔵」がある。
* 1939年 - 周恩来が落馬しその後右腕が不自由になる。以後物を書くときは不自然な体勢になった。
* 1995年 - 俳優のクリストファー・リーヴが馬術大会の競技中に落馬。脊髄損傷により俳優の引退を余儀なくされた。後に福祉活動家となり、自身も負った脊椎損傷の回復の研究などの支援も行った。
* 1998年 - 俳優のトミー・リー・ジョーンズがポロの試合中に落馬。
* 2005年 - 歌手のマドンナが誕生日に自宅で乗馬中に落馬。肋骨と鎖骨、腕の骨を骨折する重傷。
* 2006年 - ドーハ・アジア大会の馬術競技中、韓国代表の金亨七選手が馬とともに転倒・落馬し、馬の下敷きになり死亡。

にほんブログ村 競馬ブログへ 人気ブログランキングへ
スポンサーサイト



馬群

馬群(wikiより転載)
馬群(ばぐん)とは競馬の競走において、複数の競走馬が形成する集団のこと。馬ごみともいう。

馬群のただ中に位置すると前方へ進出するための進路を見出せなくなることがある。とくに差し馬や追い込み馬いついては、いかに上手く馬群を裁いて前方へスムーズに進出するかが勝敗を大きく左右する。競走馬の中には馬群の中に入ると精神的に消耗し、能力を十分に発揮できないものもある。
にほんブログ村 競馬ブログへ 人気ブログランキングへ



審議 (競馬)

審議 (競馬)(wikiより転載)
競馬における審議(しんぎ、英:Stewards' Inquiry,または単にinquiryとも)とは、ある競走において発馬機のゲートが開いてから決勝線を迎えるまでの間に、不正な行為がなかったかを審査やチェックすることを指す。


概要
審議は、競走中に進路妨害の疑いが生じたり、負担重量に問題が生じたりした場合に行われる。審議を行う場合には、裁決委員が場内アナウンス担当者を通して審議を行う旨を場内に知らせる。知らせる方法として、電光掲示板と場内への審議放送が行われる。

電光掲示板では「審議」もしくは審議の略である「審」を掲示する場合が多い。また青ランプも点灯させる競馬場がある(おもに中央競馬)。この審議が行われる旨は、競走中に早々と示される場合もあれば、後検量で負担重量に問題があった場合など、競走が終わってしばらくしてから示される場合もある。通常は全馬入線後に知らされるが、まれに競走中に電光掲示板に審議を行う旨が示されることがある。

競走終了後、裁決委員がパトロールビデオを見てその競走馬が降着・失格の対象になるか否かを審議する。日本の中央競馬の場合、場合によっては被害馬・審議対象馬双方の関係者を裁決室に呼び事情を聴くこともある。なお地方競馬や日本国外の場合は、基本的には関係者を呼ばずに裁決委員が当該関係者に伝えるのみである。

審議終了後、降着・失格の有無に関係なくふたたび審議放送が同じく場内アナウンス担当者によって行われ、審議の結果が場内に告知される。

基本的には審議の終了まで着順が確定されず、審議の結果によっては着順の変更が生じるため、場内放送で「お手持ちの勝馬投票券はお捨てにならないようにお願い申し上げます」とアナウンスされることもある。また審議が長引き、上位入線馬には影響がない場合には、上位入線馬のみを確定し、引き続き審議を行う場合がある(これは馬券の払い戻しを一刻も早く行うためである)。

審議の結果、不正や反則が認められた場合は、状況に応じて制裁が加えられる。制裁には馬に主たる原因があるものと人馬ともに原因のあるものなどいくつかに区別され、反則の内容により裁決委員により制裁の内容を決定する。

中央競馬においては、レース終了後は審議の有無に関わらず5位以内入線馬の着差が電光掲示板(着順掲示板)に順次表示されるが、5位以内入線馬に降着・失格があって確定した場合は、確定後も着差は電光掲示板には表示されない。ただしJRAの公式刊行物およびウェブサイト上には「○位降着」(=○位で入線したのち降着になった意)などと表示される。


審議放送
審議を行う旨や審議の結果などは、場内放送を用いてアナウンスを行う。このアナウンスを審議放送と呼ぶ。審議放送では、発生した地点(発走後間も無く、第○コーナー、向正面、最後の直線コース、決勝線手前、○周目第○号障害飛越の際)、被害を受けたと思われる馬名、発生した案件(進路が狭くなったこと、つまずいたこと、バランスを崩したこと、騎手が落馬したこと、転倒したこと、競走を中止したこと、外にふくれたこと)をアナウンスする。ただし、2頭が接触したと思われる事案は「○○号と××号が接触したこと」とし、案件がはっきりしない場合は馬名を挙げずに「第○コーナーでの出来事」とアナウンスする。

以下に中央競馬における審議放送の内容を挙げる。なお、馬名はすべて架空の馬名である。
審議の実施 [編集]

「お知らせ致します。○○競馬第○レースは~」に続いて審議対象案件の説明となる。最後に「お持ちの投票券は、勝ち馬が確定するまで、お捨てにならない様お願い致します。」とアナウンスされる。

審議対象案件のアナウンスの例

* 「決勝線手前で、11番ウィキペディア号の進路が狭くなったことについて審議を致します。」
* 「発走後間も無く、11番ウィキペディア号がつまずいたことについて審議を致します。」
* 「最後の直線コースで、11番ウィキペディア号の騎手がバランスを崩したことについて審議を致します。」
* 「向正面で、11番ウィキペディア号の騎手が落馬したことについて審議を致します。」
* 「最後の直線コースで、11番ウィキペディア号が転倒したことについて審議を致します。」
* 「第4コーナーで、11番ウィキペディア号が競走を中止したことについて審議を致します。」
* 「第1コーナーで、11番ウィキペディア号が外にふくれたことについて審議を致します。」
* 「2周目第3コーナーで、7番ウィクショナリー号と11番ウィキペディア号が接触したことについて審議を致します。」
* 「第3コーナーでの出来事について審議を致します。」
* 「最後の直線コースで、11番の進路が狭くなったこと、及び7番の進路が狭くなったことについて合わせて審議を致します。」
* 「競走後半で、11番の進路が狭くなったことについて審議を致します。」 (新潟直線1000mの場合のみ)

上位入線馬に審議の対象馬がいない場合 [編集]

「お知らせ致します。○○競馬第○レースは引き続き審議しておりますが、第○着までは到達順位の通り確定致します。」とアナウンスされる。この場合、競走としては確定ではないが馬券は確定となり、追って払戻しのアナウンスが行われる。
なお審議終了後、降着・失格の有無に関わらずその結果がアナウンスされる。
審議終了(進路妨害等が認められないと判断した場合) [編集]

「お待たせ致しました。○○競馬第○レースは、審議を致しましたが、到達順位の通り確定致します。なお~」に続いて審議結果がアナウンスされる。

審議結果のアナウンスの例

* 「審議の対象馬は7番であり、最後の直線コースで、11番の進路が狭くなったものでありました。」
* 「最後の直線コースで、11番は充分な進路が取れなかったため控えたものであり、進路が狭くなったものでありました。」
* 「7番は左側に寄れたことにより、最後の直線コースで、11番の進路が狭くなったものでありました。」
* 「この件は7番が内側に動いたことにより、最後の直線コースで、11番の進路が狭くなったものでありました。」
* 「最後の直線コースで、11番はバテ下がった前の馬をかわすため、控えたものでありました。」
* 「11番は他の馬に関係なく、つまずいて騎手が落馬し、最後の直線コースで、競走を中止したものでありました。」
* 「11番は他の馬に関係なく、最後の直線コースで、外にふくれたものでありました。」
* 「審議の対象馬は先の件は3番で最後の直線コースで、11番の進路が狭くなったものであり、後の件は5番で同じく最後の直線コースで7番の進路が狭くなったものでありました。」

審議終了(降着・失格が生じた場合) [編集]

「お待たせ致しました。○○競馬第○レースの審議についてお知らせ致します。」に続いて審議結果がアナウンスされる。冒頭部のアナウンスが降着・失格が生じない場合と異なる。

審議結果のアナウンスの例

* 「第3位に入線した、7番ウィクショナリー号は、最後の直線コースで急に内側に斜行し、11番ウィキペディア号の走行を妨害したため、第9着に降着とし、着順を変更の上、確定致します。従って、3着までの着順は、1着4番、2着8番、3着1番となります」
* 「第3位に入線した、7番ウィクショナリー号は、2周目6号障害で急に内側に斜飛し、11番ウィキペディア号の走行を妨害したため、第9着に降着とし、着順を変更の上、確定致します。従って、3着までの着順は、1着4番、2着8番、3着1番となります」
* 「第3位に入線した、3番ウィキニュース号は、最後の直線コースで急に内側に斜行し、11番ウィキペディア号の走行を妨害したため、第9着に降着とし、着順を変更の上、確定致します。従って、3着までの着順は、1着4番、2着8番、3着1番となります。なお、最後の直線走路で、7番の進路が狭くなったことについて審議をいたしましたが、この件による失格馬、及び降着馬はございません。なお、この件の対象馬は、5番でした。」
* 「第3位に入線した、7番ウィクショナリー号は、最後の直線コースで急に外側に斜行し、11番ウィキペディア号の走行を妨害したため、失格とし、着順を変更の上、確定致します。従って、3着までの着順は、1着4番、2着8番、3着1番となります」
* 「第3位に入線した、7番ウィクショナリー号は、2周目6号障害で急に外側に斜飛し、11番ウィキペディア号の走行を妨害したため、失格とし、着順を変更の上、確定致します。従って、3着までの着順は、1着4番、2着8番、3着1番となります」

審議終了(被害馬が先着していた場合) [編集]

「お待たせ致しました。○○競馬第○レースは、審議を致しましたが、到達順位の通り確定致します。なお~」に続いて審議結果がアナウンスされる。

審議結果のアナウンスの例

* 「7番ウィクショナリー号は、最後の直線コースで、11番ウィキペディア号の走行を妨害しましたが、被害馬が先着のため、着順の変更はありません」



中央競馬の「不服申立て制度」
中央競馬では1994年以降、審議の結果裁決委員が下した判定に不服のある当事者(馬主、騎手、調教師)は裁決委員以外の上部機関[注 1]にアピール(不服申し立て)を所定の保証金を支払う(2011年時点では10万円[2])ことで行うことができる(アピール制度)[3]。2011年2月までに行われた申し立てはすべて棄却されている[4]。
にほんブログ村 競馬ブログへ 人気ブログランキングへ



スローペース症候群

スローペース症候群
スローペース症候群(スローペースしょうこうぐん)とは、競馬、とりわけ日本の中央競馬の競走について、レースの序盤および中盤が遅いペースで推移し、終盤(上がり)のみ速くなる競走が多発する現象。しばしば批判的な意味で使われる。


要因
スローペース症候群と呼ばれる現象が発生する要因としては以下のものが挙げられている。

騎手

要因を騎手、具体的には、序盤・中盤に好位置で競走を進めようとする騎手が増えたことに求める見解がある。栗山求や阿部珠樹はその原因について、スローペース症候群という言葉が盛んに使用された1990年代の中央競馬のトップジョッキーであった岡部幸雄や武豊がそのようなレース運びをすることが多かったからだと指摘する[1]。1997年にスローペースとなった東京優駿を優勝した元騎手の大西直宏は、同競走のペースがかつてよりもスローになった[2]原因として、出走頭数が多いと馬群を捌ききれず前方への進出ができないことを恐れて序盤から前方で競走を進めようとする[3]が、出走頭数が大幅に減少した[4]結果、その必要がなくなり、むしろ序盤・中盤に下手に動くと勝機を失うようになったことを挙げている[5]。

馬場

安福良直は要因として、馬場の改良が進み馬の走行がスムーズになった結果、騎手の意図するペースよりも速いペースで走り、騎手がそれを抑えようとする結果ペースがスローになるという仮説を唱えている[6]。

競走馬の能力の向上

元騎手の坂井千明は馬場の改良が進んだことに加え競走馬の能力(瞬発力)が大幅に向上した結果、「中途半端に前に行っても差されるという意識が、騎手の中にある」と指摘し、スローペースの競走が増加したのは「騎手が勝つためにベストの選択をし」た結果であるとしている[7]。

調教技術の向上

元騎手の小野次郎は、かつては他の馬を怖がる性格の競走馬は「何が何でも前へ」という競馬をしたが、競走馬を調教する技術が進み性格の矯正が可能になった結果そのような競走馬が減少したことを要因として挙げている[8]。


反論
スローペースの競走を否定的にとらえることについては反論も出ている。

山田康文(ターファイトクラブ東京事務所長)は、「よい馬がいて、よい騎手が乗れば、絶対能力ギリギリの真剣勝負を見せてくれるのはむしろスローペースの競馬のはず」と述べている[9]。日刊スポーツ記者の松田隆は、東京優駿について1992年以降のものとそれより前のものとを比較し、かつての競走を序盤の2ハロンだけが極端なハイペースでそれ以降はほぼ平均的なペースで推移し、終盤に入ると逃げ馬がバテる他は出走馬が同じような上がりで走り、先行馬が粘り勝ちする「切れ味という言葉とは無縁の消耗レース」と分析した上で、「果たしてそれを、迫力あるレースと呼んでいいのかどうか」と述べている。そして、序盤と中盤はスローに近いペースで推移するが上がり4ハロンからペースが速くなる競走の方が迫力があると評価している[10]。

競馬評論家の大川慶次郎は、戦前から戦後にかけての競馬(公認競馬)ではスローペースの競走が多かったと指摘した上で、「スローペースが日本の競馬をダメにするというんだったら、とっくに日本の競馬なんかなくなってる」と述べている[11]。
にほんブログ村 競馬ブログへ 人気ブログランキングへ



時計 (競馬)

時計 (競馬)(wikiより転載)
競馬において時計(とけい)とは、競走馬の走破タイムのことを指す。競走における優勝馬の走破タイムを勝ち時計、調教における走破タイムを調教時計という。勝ち時計は競走馬の能力を判断する根拠となり、またスピード指数理論においては競走馬の能力を数値化するための材料のひとつとなる。調教時計は競走馬の競走能力および体調を判断する根拠となる。


ラップタイム
一定の距離ごとの時計のことを、ラップタイムまたは単にラップという。200mごとのものが計測される場合が多い。競走におけるラップの推移をもとに、競走のペースの早い、遅いが判断される。ペースが早い場合をハイペース、遅い場合をスローペースという。基本的にハイペースの場合は差し・追い込み馬が有利になり、スローペースの場合は逃げ・先行馬が有利となる。
にほんブログ村 競馬ブログへ 人気ブログランキングへ



 | 名馬列伝~動画~ 競馬の名動画まとめtopへ戻る |  次のページ»

全ての記事を表示する


3冠馬動画 (4)
オルフェーヴル 3冠動画 (1)
競走馬別動画 (90)
サイレンススズカ動画 (7)
ディープインパクト動画 (15)
トウカイテイオー動画 (13)
エアグルーヴ動画 (11)
タイキシャトル動画 (6)
サクラバクシンオー動画 (8)
ミホノブルボン動画 (10)
エルコンドルパサー動画 (8)
フサイチコンコルド動画 (2)
キングカメハメハ動画 (5)
クロフネ動画 (5)
外国馬動画一覧 (10)
デインドリーム動画 (5)
ロケットマン動画 (3)
スノーフェアリー動画 (2)
レース動画 (73)
スプリンターズステークス動画 (13)
秋華賞動画 (9)
菊花賞動画 (15)
天皇賞秋動画 (18)
エリザベス女王杯動画 (9)
凱旋門賞動画 (9)
2011 JRA CM 動画 (11)
競馬予想サイト登録レビュー (1)
競馬ニュース (2579)
競馬用語 (26)
血統関連 (10)
レース関連 (12)
走法 脚質 (3)
未分類 (0)
名馬ランキング (2)




名馬グッズはこちら

名馬列伝~動画~

Author:名馬列伝~動画~
名馬の動画まとめブログ